キリスト教信仰のための原初空間
キリスト教徒は、約300年もの間、ユダヤ教徒と古代ローマ帝国から激しい弾圧と迫害を受ける。共同墓地であった地下墓窟（カタコンベ）や裕福な信徒の住宅内で、潜伏しながら密やかに信仰を続けた。そのような逆境にも拘らず信者は階級や民族を超えて増え続け、ついにコンスタンティヌス帝は、313年ミラノ勅令を発布し、帝国内でのキリスト教を公認した。
解禁された信者たちは、教義の伝道と信仰の典礼に相応しい独自の建築空間を作り出すことが喫緊の課題となる。初期のキリスト教会堂の原空間として、集中堂式とバシリカ式の２つの形式が採用される。ローマ皇帝自らも、重要な教会の建設を積極的に支援した。
集中堂式聖堂 ―墓廟と洗礼堂―
まず、イエスや使徒聖人の墓廟が必要になった。イエスの墓を覆うように求心性のある円堂アナスタシスである聖墳墓教会（336，エルサレム）や、弾圧時代に殉教した聖人たちを記念する墓廟であるマルティリウムを建てた。次に、信者に洗礼を授けるための洗礼堂が必要となった。それは、イエス・キリストのように死から蘇り新しい命に生き返ることを再現する場所であった。
円形や正多角形のプランの中央に祭壇や棺、洗礼槽を置き、その上部をドームで覆う集中堂式聖堂が築かれた。周囲に天井の一段低い側廊を回して、屋根の段差を利用した高窓の列（クリア・ストーリー）から直接光を採りこみ、中央部を光で満たした。円環状の周歩廊は薄暗く、内陣は求心力と上昇感の強い空間特性を持ち、天上世界を建築化した。
サンタ・コスタンツァ廟堂（354，ローマ）や、八角形平面のサンタ・ジョバンニ・イン・ラテラーノ洗礼堂（440，ローマ）などが遺る。
バシリカ式教会堂 —神との一体化の体現—
誕生から受難、復活に至るイエスの生涯における一連の主要なテーマを追体験し、福音に沿った信仰生活を送るため、キリストとの一体化を体現するミサ典礼を行う場所が重要不可欠になる。そこでひとまず、古代ローマにおいて、裁判や商取引などを行った集会施設のバシリカを転用し、基本形態に定めた。
教会堂は縦長の長方形プランを採用し、信徒たちの座席が並ぶ中央の幅の広い身廊と、その両脇の幅が狭く天井が一段低く抑えられた側廊で構成された。身廊と側廊との間は円柱の列柱が並び、奥行きのある一体的な大空間になっている。こちらも、身廊と側廊の屋根の段差を利用したクリア・ストーリーを設け、ハイサイドライトを採り入れた。
身廊の長軸方向の突き当り正面に、アプスと呼ばれる半円形の張り出しを据えた。ここはミサを司る司祭たちの座席であり、中央は司教座（カテドラ）とされた。これは、最後の晩餐のイエスと使徒たちを象徴し、カテドラの前の祭壇は、聖変化を行うための食卓を意味する。
また、身廊と袖廊（トランセプト）が直交するアプス前面の交差部に、四方向に横断するアーチを架け、空間に華やかな彩を加えた。半ドームの天蓋を持つアプスは、教会堂の最も重要な典礼空間であり、両サイドに列柱が並ぶ軸線の効いた空間構成と、荘厳な様相を醸し出す装飾とによって、信徒たちの視線と意識がアプスに焦点を当て集中するように計画された。
教会堂の門を潜ると、まず列柱廊に囲われた中庭アトリウムに通される。その中央に体を清めたり洗礼を授けたりする泉亭が置かれた。本堂の前は玄関廊（ナルテクス）と呼ばれ、洗礼志願者の空間があった。キリスト教に帰依した者だけが、ナルテクスの先の教会本堂内への入場を許された。
バシリカ式教会堂の実例として、現存はしないが、旧サン・ピエトロ教会堂（390，ローマ）が挙げられる。イエスの一番弟子聖ペテロの殉教地に、コンスタンティヌス帝が建立した。身廊の長さが約90ｍもあり、両側２列ずつの側廊をもつ５廊式の巨大な木造教会堂で、現在のサン・ピエトロ大聖堂に引けを取らない規模を誇ったという。また、サンタ・サビーナ教会堂（432，ローマ）は、簡素で厳粛な宗教的雰囲気を醸し、典型的な初期バシリカ式教会堂の姿を今に伝える。サンタ・マリア・マッジョーレ教会堂（440，ローマ）は、聖母に奉献された最初の教会堂で、身廊両側にイオニア式円柱が連続して並び、木造の格天井を持つ華やかな空間である。
キリスト教会堂の発展
このように、求心力のある集中堂式記念聖堂と、長軸を生かしパースの効いたバシリカ式集会堂の二つの形式が、祈りの場の原初的空間として誕生し、その後のキリスト教の拡大とともに、それぞれの地域の固有の文化と結びつきながら、教会堂はさまざまに発展していった。特に、バシリカ式はロマネスクとゴシック教会堂の主流の形態となった。
五大総主教座が置かれた主要都市
当時の重要な宗教都市は、総主教のローマ、東ローマ帝国の首都となったコンスタンティヌポリス、シリアのイェルサレムとアンティオキア、エジプトのアレキサンドリアであった。
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