京都東山 石塀小路 その2

計画手法都市遺産
折れ曲がり見え隠れする石塀小路
見えがくれに誘われる板塀の小路  出典:写真AC photo by Monks

 前回お話したように、生命のDNAのように濃厚に絡み合う周辺との脈絡の中から生まれた思いのプログラムが、石塀小路の総体的なアイデンティティを生み出していることがわかりました。今回は、その独自の特性を成り立たせている空間構成の手法(技法)について、より詳しく探ってみたいと思います。

まとまりを感じさせる総体的な領域感

 先ず、プライベート感のかなり強いセミオープンな路地であり、しかも全体的なまとまりを感じさせる「総体的な領域感」を成立させている要因と要素について、考えてみます。この領域感は「空間の機能」と言ってもよいと思います。

 小路の出入り口においては、表札替わりの門灯のついた門があったり、半間ほどに幅を絞った狭い入り口をくぐって薄暗いトンネル状の路地を通り抜けた先に石門があったりと、外部と区切りをつけ、気持ちを切り替えさせる仕掛けがあります。

 しかも、入って正面突き当りは、石塀であったり板塀であったりと、路地を折り曲げることで奥を見せない平面構成になっています。

 石塀小路の路面にはすべて石畳が敷かれ、全域に共通して連続しており、領域性を生むエレメントになっています。
壁面の多くは、概ね目線から少し下に一直線に通るかぶら石のある石塀か、足元に石壇のある土台据え竪板塀になっています。

 石塀の間に秩序立って配列された腕木門、それに付随する石段と格子戸や門灯表札、石塀の上の生垣やその奥の庭木の豊かな緑、木々の合間にちらちらと覗く軒や庇や瓦のライン、簾といった断続的に見えてくる要素、これらは小路の重要な景観要素であり、領域としての統合感を生じさせるエレメントになっています。

 賛否両論あるでしょうが、残念ながら私には、この総体的な景観に対して、所々に点在するコンクリート製の電柱にどうしても違和感を覚えてしまいます。

セミプライベートなスケール感

 石塀は、下段の野石整層積み石垣、前述したかぶら石、玉石垣、の大きく二段の構成になっており、さらにその上部に、柴垣や竹垣、矢来棚や生垣などがあり、全体の高さが約3m近くになっています。

 小路の幅は約2.8mほどであり、これは人と人とがすれ違う際に相手の息遣いなどがわかる距離間隔になります。高さに対する道幅の比の値は1.0を下回り、小路の断面方向において正面からは建物のほんの一部しか視界に入らず、やや閉塞感や圧迫感を感じます。

 小路の長さ方向の直線距離は、30~45m程度、あるいは中央の最も長い部分で75m程度になっています。これは、相手の表情が認識できる距離感、あるいは相手の顔が何とかわかる程度の距離に該当します。

 このような外部空間におけるスケール構成に関しては、相手が誰なのか判別できる距離感があって、私有地に部外者が侵入することをそれとなく排除するような効力を生んでいます。この領域には、プライバシィを保護する見えない力が働いています。

見え隠れによる奥行き感

 視線の先の突き当りをアイストップと呼びますが、石塀小路内のアイストップには必ず塀の壁が見えるようになっており、「私」を視覚から消すように、決して個々人の建物の入り口となる門を配置しない構成となっています。私有の門と門とが対面することもありません。

 また、テラスハウス側は、小路と建物の間に中庭があり、庭木の緑の層があることで奥行き感が生じています。内部の個々人の建物の玄関は見えないように隠れる構成になっています。
お茶屋側においても、道に面して玄関はあっても、1階は板塀が連なっており、閉鎖的な佇まいで内部を隠蔽し、生活臭を消し非日常性を演出しています。

 このように基本的に奥の存在を隠し奥行きの深さを感じさせる空間構成の技法が採られています。

ホリスティックな様相

 次に、格調の高さ高級感を感じさせる風情のある「独特の雰囲気」を醸し出している要因と要素について、考えてみます。この雰囲気は「空間の様相」と言ってもよいかと思います。

 先述したように、石塀は単純な造りではなく三層の構成になっており、玉石垣の上部はそれぞれが様々な素材を使って垣根を設えています。腕木門の繊細な格子戸のデザインも全く同じものはありません。このように、全一的な構造を有しながら、微妙な差異や独自性、多様性を許容して織り込んでいることが、均質的な虚しさを超えた味わい、品格の高さ、さらには高級感といった様相を生んでいます。

 また、奥の存在を隠して、逆にさらに奥に深く広がっているような世界を想像させる、厚みのある奥行き感といいますか「奥性」というような特質が、品格や格調の高さを増強させるひとつの要因になっています。

多様性を受け入れて調和させる空間構成

 開放されているけれども閉鎖感があること、暗く狭い路地の向こうに開かれた小路空間が現れる出入口の仕掛け、石など硬さのある素材と樹木などの柔らかな自然素材とのアンサンブル、門など対称性のある整形なものと生垣や庭木など有機的な形態のものとがバランスよく配置されていること。

 このように、開閉、明暗、硬軟、有機的無機的など、弛緩させる要素と緊張させる要素の両方があって、しかもよく中庸と言いますけれども、お互いを対比することもできる状態でありながら調和するように存在させていることが、落ち着いて飽きの来ない様相を生み、魅力のある心地よい雰囲気を作り出しているのではないかと思います。

 さらに、入れるけど入りがたい、見えそうで見えない、袋小路のようで先に続く道がある、といった対立的な要素を両立させている状況は、そこに迷い込んだ人に心理的な混乱を起こさせる一方、ワクワクするような高揚感を与えます。見えがくれの手法は、人をいざなう魅力を発揮します。

 以上、機能と様相の両面から、石塀小路の魅力を生み出している空間構成の手法について考察してみました。

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