イギリス古典主義建築史

西洋建築史
セントポール大聖堂 出典:www.thehistoryhub.com

16~18世紀のイギリス

 エリザベス1世女王(在位1558-1603)は、1559年、教義はプロテスタント的、儀式はカトリック的とし、国王を頂点とするイギリス国教会を成立させた。また、フェリペ2世が誇るスペインの無敵艦隊をアルマダ海戦にて撃破して、東インド会社を設立しスペインに代わる世界帝国への道を歩む。羊毛産業を保護して重商主義政策を展開し、国内の安定と繁栄をもたらしたが、生涯独身を貫いたため後継が途絶えた。

 ジェームズ1世をはじめとする新しいスチュアート朝王家は、王権神授説を唱え独裁政治を行ったため、議会との対立が続く。議会派のクロムウェルが中心となってピューリタン革命を起こし、王党派を打倒し共和政を布くが、彼もまた独裁者となった。再び王政を復古させるが、新たな王はまたも議会を無視して独裁に走った。考えた議会は、オランダから王を招き、「権利の章典」を国民に発表する。この名誉革命を経て、議会主権国家となった。

 さらに、またも王家が断絶したために、ドイツから王を迎え、「国王は君臨すれども統治せず」の責任内閣制を確立させた。

イギリス・ルネサンス

 イギリスもまたイタリア建築の導入が遅れた。その要因に、後期ゴシック、特に1330年ごろから始まった垂直式様式が、国民的様式と呼ばれるほど発展した文化的風土があった。1540年ごろの宗教改革直前まで盛んで、実際に、ウエストミンスター・アビーのヘンリー7世礼拝堂は1512年に完成し、ファン・ヴォールトを用いたケンブリッジ大学キングス・カレッジ・チャペルは、1515年に完工している。

 また、宗教改革が1534年に起こり、修道院が解体され、17世紀末まで宗教建築の建設が激減した。その結果、ハーフ・ティンバーハンマービーム天井を特徴とし、後期ゴシックとルネサンスが混交するチューダー様式カントリー・ハウスが中心であった英国絶対主義王政最盛期のエリザベス様式を辿るが、あくまで過渡期的な様式であった。

 最初のルネサンス建築はジェームズ1世(在位1603-1625)の時代になる。ジャコビアン様式と呼ばれるが、建築家イニゴー・ジョーンズがパラディオ建築の実地研究を通して、装飾を省略し比例構成の外観とする、簡素で端正な古典様式をイギリスにもたらした。

 オーダーで内外を飾り吹抜け大広間を持つ旧ホワイトホール宮殿のバンケティング・ハウス(1622,ロンドン)、大屋根を隠した端正な外観と立方体広間を持つクイーンズ・ハウス(1635,グリニッジ)などを建て、独自のパラディアン・スタイルを生み出した。

イギリス・バロック

 議会主権が確立する中で王権が弱体であったため、バロック芸術を育む素地を欠いた。

 17世紀後半、国民的な独自性と規範を求めて、中世ゴシックの伝統的形態、ルネサンスのパラディオ主義、古代の建築言語、イタリア・バロックやフランス古典主義の建築意匠といった、さまざまな歴史的要素を重合させる様式が探求された。

 その最中、1666年にロンドン大火が発生して復興計画が持ち上がり、そこに登場したのがクリストファー・レンであった。彼は数学・天文学教授でもあったが、フランス建築に感銘し、空間構成やディテールに造詣が深く、多様で簡素で威厳のある建築意匠を得意とした。大地主の反対で実現しなかったが、建築法制度と下水道の整備を促し、モニュメンタルな建築群と広場を直線道路で結ぶ、バロック的都市への壮大な再建計画を提唱した。

 ロンドン市内の50を超える教区教会堂の再建に当たったが、代表作にセント・ポール大聖堂(1709)がある。ボッロミーニ風の双塔と双柱を持つ正面と、内径31m、高さ111mの三重殻ドームを持ち、市民の大聖堂として今も親しまれている。

 スペンサー=チャーチル家所有のブレナム宮殿(1722,ウッドストック)は、建築家ジョン・ヴァンブラの設計で、英国最大のカントリー・ハウスとされる。大オーダーの柱廊玄関を設え中心性を強調した本館と左右の翼棟からなるバロック様式の屋敷は、グレイト・キッチン・ステイブルの3つの庭園を囲む、大ホールやサロンをはじめとする200以上の部屋を持つ。宮廷画家によるロマン主義的なイギリス式庭園を所有したが、後にケイパビリティ(可能性)が口癖であった造園家ランスロット・ブラウンが、植林、人工湖、運河、橋などを配置した風景式庭園に改造した。

控えめで端正な古典主義建築

 ジョージ王朝(1714-1830)の建築スタイルはジョージアン様式と呼ばれ、穏健で抑制された古典主義建築を正統化した。バロック様式はカトリック的傾向として嫌われ、バーリントン卿によるロトンダを範としたチズウィック・ハウス(1730,ロンドン)など、ルネサンス期のパラディアニズムがリバイバルした。また、ジョンウッド父子は、クイーンズ・スクエア(1736,バース)やサーカスとロイヤル・クレセント(1765,バース)で、テラスハウス(連続住宅)による合理的な住居システムと緑豊かで壮大な都市景観を形成した。

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