東京カテドラル聖マリア大聖堂

日本の名建築環境技術

十字架の光が天から降り注ぎ、賛美歌の歌声とパイプオルガンの音色が、湾曲する重厚なコンクリートの壁に反響して、胸にジーンと響きわたる。神との対話に相応しい荘厳な雰囲気に包まれる。

東京カテドラル聖マリア大聖堂
東京カテドラル聖マリア大聖堂 出典:Unsplash(photo by Paul Rossi)

神秘的な空間を現代技術で表現

 東京カテドラル聖マリア大聖堂は、旧カトリック大聖堂を第二次世界大戦で焼失したのち、1961年に、再建のための指名設計競技で丹下健三氏の案が採用され、国立代々木競技場と同じ年の1964年に完成しました。

 丹下は、設計に臨んで、「空間における強力な感情に対する関心と研究」のために、中世のゴシック様式の教会をいくつか訪れたといいます。
 「天を目指して高くそびえる荘厳で言語を絶するほど神秘的な空間を体験してみると、新たな空間を想像するようになった。そして、そうした空間を現代技術で造りたいと思った。」と語っています。

十字形の精神性を表現する造形力

 Hyperbolic Paraboloid(双曲放物面)でできた8枚のHPシェルを立てかけ、壁と屋根が一体となった4つの左右対称な外壁が、中心部と端部の頂部五か所で連結され、スリットをあけて支持し合う構造形態になっています。

 内から見上げるとトップライトが十字に輝き、上空から俯瞰するとキリスト教を象徴する十字架を形作っています。心憎いばかりの見事な空間構成です。

日本の街並みになじむ外観と配置構成

 総ステンレス張りの外装が太陽光を反射して、市街地のビルの中で際立って見えますが、控えめなグレー色の素材のためか周囲の風景に馴染んでもいます。
どの角度から見ても独特の外観が楽しめますが、空に向かってそびえる大聖堂のフォルムが神聖さを象徴しています。

 西洋の教会に典型的に見られる、街路や広場から直接アプローチする導入形式ではなく、いったん小広場に入り、鐘楼を見て聖堂の間を進み、敷地の奥にある「ルルドの洞窟」に向かい、そこから転回して階段を上って聖堂に至るという動線計画が採用されています。
それは、まず鳥居や山門をくぐって参道を歩みながら徐々に気持ちを高揚させ、それから御本尊に相対するといった、日本の聖域にある伝統的な手法を取り入れています。

東京カテドラル聖マリア大聖堂
東京カテドラル聖マリア大聖堂 出典:ウィキペディア 提供者:Kakidai

ドラマティックな内部空間の演出

 HPシェルの流れるような形が裾でふくらみ、多くの人を包み込むように、柱のない大きなオープンスペースを建物内に生み出しています。

 平面形は美しい菱形になっていますが、中世カトリック教会の十字形の空間の型に倣っていることがわかります。

  構造壁の接合部にあたる水平垂直の隙間から、壁に囲まれた室内空間に柔らかな自然光が射し込みます。アラバストル大理石を薄くスライスして嵌め込んだステンドグラスを透過する気品のある黄金色の光が、最高天井高さが40m近くになる上昇感の高い内陣の奥に設えられた祭壇の光背となって、神秘的でドラマチックな雰囲気を醸し出します。

 大聖堂の内部は飾り気のないコンクリート打放しの壁で統一され、床は白大理石でまとめられています。ともに、モノトーンでニュートラルであるがゆえに、光のグラデーションがよく映えて、その美しさが浮かび上がります。
よく見ると壁のコールドジョイントやジャンカなどの打ち跡が目立ち、当時の最新の技術を駆使しても大変な施工だったことが察せられますが、氏は打放しに固持したのだと思います。
そのストイックで静謐な表情から、信仰の純粋な精神性が直感的に伝わってくるかのようです。

建築家の熱い思い

 斬新で現代的な造形力と表現力、そして構造技術を統合して実現させたこの傑作は、今なお多くの人の感動を呼び、決して色褪せることがありません。

 しかしその裏には、機能上の課題もありました。トップライトが中央に向かって傾斜下降して集中する形状のため、そこから雨漏りが発生したこと。
 また、インテリアの仕様と形状からくる長い残響時間(空席時7秒)と反射の周波数特性のため、司祭の説教が聞き取りにくく、音楽によっては音が混濁した印象を与えること、が挙げられています。
前述の件は、2007年の大改修で新工法の採用によりほぼ解決されたとのことです。

 建築物は、現実に存在し入場して使用されるものであるため、機能から様相まで、あらゆる条件を充たすことが難しい場合も生じます。
 契約社会となった現代では、機能性の確保が必須条件としてまず優先されますが、当時丹下氏は、カテドラル教会堂の礼拝機能において、カトリック教徒の精神性を象徴する小宇宙を具現化することを、何よりも第一に掲げていたに違いありません。

 彼の渾身の自信作であり、遺言によって彼はここに永眠しています。

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