ローマのパンテオン

世界の名建築
パンテオンの光
パンテオンの光  出典:ウィキペディア 投稿者:Richjheath

 巨大な天窓から聖なる光の束が堂内に射し込み、円形の光が仄暗い球形の内壁を刻々と移り行く。雲の動きによってその輝きを変化させながら運行するさまは、天体の動きを劇的に視覚化し、宇宙的なコスモロジーに包まれる。

 2000年もの間、人びとに語り継がれてきた荘厳な光の空間。このような空間を体験するだけで大きな価値があると思わせる建築は、どのようにして生まれ、またどのように造られたのだろうか。

 初代のパンテオンは、紀元前25年、初代ローマ皇帝アウグストゥスを称えるため、側近アグリッパによって建造されました。しかし実際には、市民の反感を避けるため、ギリシャ語の、pan(すべての)、theos(神)の由来から、ローマ神話に登場するすべての神々を一堂にまとめて祀る「万有神殿」とされました。 

 のちに落雷による火災で焼失します。150年後のA.D.125年に、建築家皇帝としても知られるハドリアヌス帝によって、10年の歳月をかけて再建されました。アグリッパに敬意を表し、正面にM・AGRIPPA・L・F・COS・TERTIVM・FECIT(ルキウスの息子アグリッパが3度目の執政官時に建造)と記されています。その神々しい雰囲気は、人々に襟を正させ、神殿としてだけでなく、政治の場、裁判の場にも使われたようです。

 のちに、広く浸透したキリスト教がローマ国教に公認され、ローマ帝国は東西に分裂します。東ローマ帝国(ビザンチン帝国)時代の609年、パンテオンは「聖母マリアと殉教者の教会」としてキリスト教の聖堂に改められ、破壊を免れ今日に至ります。

 その起こりからもはや一神教の神殿である必然はなくなり、人間中心主義的なルネッサンスを経た16世紀には、神々だけではなく偉人たちも祀る建築物を意味するようになったとされています。余談になりますが、天才画家ラファエロもここに墓廟があり、我が国の巨匠丹下健三は辞退しましたが、地下埋葬のお誘いを受けたのだそうです。

 ギリシャ神殿風の列柱にブロンズ製トラスの小屋組みを架けたポルティコ(柱廊玄関)と、後方のクーポラを載せたロトンダ(円堂)を組み合わせ、2つの間を横長の門型の第3の形態で連結しています。門型の両側に造られたニッチ(壁龕)には、当時アウグストゥスとアグリッパの巨像が仁王門のように置かれていたといいます。 

 建物全体がシンメトリー(対称形)の形態になっており、また規律性のある幾何学の模様が多用され、理知的なパワーを象徴しています。列柱の高さは14m、円堂は直径43.2mの球体がきれいに内接する広さと高さとなっており、その壮大なスケールは見るものを圧倒します。

 円堂の平面形は上部のクーポラを架け易いように8角形になっており、その壁厚は6.2mにもなります。この円筒形壁体のうち力学的に不要な部分に8つの大きな窪みを穿ち、その一つは入り口に、残り7つはニッチに利用されています。

 北向きに配置されているため、正午には、入り口と正面突き当り最奥のニッチ(祭壇のある主アプス)との軸線上に、円形のスポットライトを床に落とす巧みな計算があります。建物唯一の採光のための開口として、ドーム頂部に直径8.9mの「眼」という意味のオクルス(正円の天孔)が設けられています。ガラスなどは一切嵌められていないため、雨も降り注ぎ、自然をそのままに受け入れる、実にピュアな潔い設計です。キラキラと輝く雨滴の柱が、天から降りてくるかのような感動的なシーンも、目に浮かんできます。

 建築の構造体は、当時発明されたローマン・コンクリートで造られています。石灰と砂利にポゾラナと呼ばれる火山性の土を混ぜ合わせ水を加えて硬化させるもので、強度と造形の自由度に革新がありました。ローマでは、石やレンガなどのブロックを積み上げた組積造の薄い壁を、型枠代わりに用いてコンクリートを流し込み、組積造部分を永久型枠として残しました。さらに、レンガのアーチをリング状に無数に並べ、自重を支持する型枠として利用しながらコンクリートを打ち込み、巨大なドームを実現する構造技術を発明したのです。しかも、精緻な半球面を成す高度な技術でした。

 大空間の建設は重量との闘いです。ドームの屋根底部の壁厚は前述したように6.2mありますが、頂点付近の肉厚は約1.5mに絞られています。下層部には砕いたレンガ、中間ではより軽い凝灰岩、頂上部においてはさらに軽量の軽石を、上に行くほど重量を軽減する工夫を加えながら、骨材としてコンクリートに混ぜています。

 またドーム中間部には、「格間」と呼ばれる台形の窪みが、5段にわたって規則的に彫られており、自重の軽減化に一役買っています。この一律に並ぶ格間のパターンは、遠近感を強調する視覚的効果を生み、丸い光のたどる曲線の軌跡を明示するグリッド座標軸のような意匠デザインにもなっています。

 この先駆的で画期的なドームは、その誕生以降、みなが挑み続ける憧れの的となったのです。

 このように、神聖な宇宙観を具現化した大空間を内包する偉大な神殿は、単純明快な構成ではありますが、古代ローマの建築技術の粋を結集したものであり、今日に至っても世界中の人々を魅了し続けています。

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