アヤ・ソフィア

世界の名建築
アヤ・ソフィアの内部空間
アヤ・ソフィア  出典:NPO法人 世界遺産アカデミー(世界遺産検定2019年8月)

 ビザンティン建築の最高傑作とも、奇跡とも讃えられるアヤ・ソフィア。ハギア・ソフィアとも呼ばれます。

 東ローマ帝国のキリスト教徒たちは、前回お話しした、旧ローマが築いた初期キリスト教会の二つの形式を融合させ、新しい独創的な教会堂を創造します。典礼行進にふさわしいバシリカ式の身廊の上部に、神の座を象徴する集中堂式のドームを載せ、壮大な宗教的世界を丸ごと教会内部に具現化しました。

 無数の窓から自然光が幾筋も射し込み、天上から黄金の鎖で吊るされた巨大な円蓋が、あたかも宙に浮かんでいるかのような錯覚を覚える。豊かな光に満ちた神々しい建築空間は、見るものに息をのむ感動を与えます。

 また、歴史に翻弄され数奇な運命を辿ったために、キリスト教とイスラム教が混在し、金色に輝くモザイクの煌めきとともに、謎めいた荘厳な力を放っています。

 拡大し続けたローマ帝国を東西2つに分けて統治することになり、346年、コンスタンティヌス帝コンスタンティノープルに首都を移し、東ローマ(ビザンティン)帝国東方教会の歴史が始まります。360年、その子コンスタンティヌス2世は、キリスト教正教会の大聖堂を建てますが、2度の焼失に遭う。

537年、ユスティニアヌス帝は、当時の名高い科学者イシドロスと数学者アンテミウスを招き、古代イスラム王国のソロモン神殿を凌駕する大聖堂に再建するよう命じます。彼らは、アーチからアーチが、ヴォールトからヴォールトが立ち上がり、中央に大ドームが高々とそびえ立ち、無数の窓から湧き出すように光が降り注ぐ教会をイメージします。

 地震による崩落も経験しますが、短工期で修復し再建を果たし、562年、アヤ・ソフィアは完成しました。皇帝は、「ソロモンよ、我は汝に勝てり!」と歓喜したといいます。

 西に正面玄関、東に至聖所であるアプスを配置し、さらに身廊中央上部にドームを設えるという条件を満たすには、四角い平面に円形の基部を持つ半球を載せるという形態上の技術的な難題があったのですが、革新的なペンデンティブドームの発明によって解決します。

 円と正方形の隙間にできるペンデンティブと呼ぶ三角形の部分で構造荷重を支持する構法であり、それ以外は構造的に自由に扱えるので大きな開口部を設けることが可能になります。これによって、アプスの小ドーム、半ドーム、中央の大ドームへと、徐々に高さを増していく流動感に溢れる空間を成立させました。全長77m、幅71mのバシリカ、直径約33m、高さ55.6mの大ドームが実現しました。

 しかし、大地震に耐えられない建物規模であったこと、工期短縮による歪みの発生などによって、完成後も構造補強を繰り返すことになります。内壁の強化や調整、外部に塔状バットレス(控え壁)の追加、ドームの構造改良や軽量化など、大規模な補強改修工事を何度も加え、聖堂は変容していきました。

アヤ・ソフィア
アヤ・ソフィア  出典:ウィキペディア Robert Raderschatt –

 1204年、東ローマ帝国は、第4次十字軍による略奪と暴行を被り、ローマ・カトリックのラテン帝国に支配されますが、1261年に再び奪還し一反復活を遂げます。しかし、1000年近く司教の祈りとともに人々の夢や希望を担っていた教会は荒れ果て、帝国はその力を次第に失っていきます。

 1453年、オスマン帝国がコンスタンティノープルを陥落し、イスタンブールと改名します。けれども、アヤ・ソフィアの優れた建築技術と芸術に感銘を受けたスルタンのメフメト2世は、大聖堂をイスラム教のモスク(ジャミィ)に転用すると宣言し、必要最小限の改築に留め、奇跡的に破壊を免れます。

 十字架は撤去し、逆に、メッカの方向を示す窪みのミフラーブミンバルと呼ばれる説教壇を設置し、外部に4本のミナレット(尖塔)を追加しました。偶像崇拝を禁じたため、モザイク画は漆喰で塗り潰されました。

 第一次大戦でオスマン帝国は敗戦国となり、代わって世俗主義的なトルコ共和国が建国されます。アヤソフィア・ジャミィは、無宗教の博物館として再生され、一般公開されることになりました。修復工事を開始し覆っていた白漆喰を除去すると、聖母子像デイシスなど、ビザンティンモザイクの傑作が次々に姿を現します。

 1985年にはユネスコの世界遺産に登録されました。ところが、2020年7月、エルドアン政権は再びモスクに戻すことを決議したのです。これに対し、世界中から抗議の声が上がっています。

 アヤ・ソフィアは、中世キリスト教徒の弛まぬ修復とイスラム教徒の畏敬の念によって、今があります。宗教や民族の対立を超えた人類のかけがえのない宝物として、後世に末永く受け継いでほしいものです。

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