ルネサンスの幕開けと衰退
ルネサンスは、中世の神を絶対視するキリスト教中心の封建社会の枠組みから自己を解放し、人間の理性と感性に基づく秩序を求めた文化芸術運動で、思想や感情を自由に表現し謳歌した古代人の精神文化の再生を意図し、一般に文芸復興と訳される。それは、神の目線から人間の目線へ、精神的な価値観を大転換させる契機となった。
東方貿易によって繁栄した北イタリアのコムーネ(都市共和国)の富裕市民は、キリスト教文化に染まる前の古代古典文化を規範とする芸術を擁護する。
ルネサンスは、14世紀のイタリアにおいて文学・絵画・彫刻の分野で始まり、建築においては、15世紀初頭フィレンツェで開始された。過剰な装飾に向かったゴシック建築への反動でもあった。
1453年、オスマン帝国が東地中海を支配すると、交易都市は大打撃を受ける。さらに、1527年、神聖ローマ皇帝軍がローマを劫掠し、イタリア・ルネサンスは終焉に追いやられた。
古典建築の再生と展開
ルネサンス建築は、身近に遺る古代ローマの建築を実測調査しながら、建築の本質を理論化することから始まった。古典建築の持つ秩序と形式美が人間的尊厳の表現であると見なし、人間の能力を高く評価する。
規則性のある単純な整数比や、正円や正方形など二軸対称性や求心性のある幾何学形態や集中式プランを、完全に調和された宇宙の秩序であると考えた。また、レオナルド・ダ・ヴィンチは、「ウィトルウィウス的人体図」で、人間の肉体に宿る神聖性を謳った。
また、形式美の基準としてオーダーを活用する。都市建築の外観に秩序と統一感を与え、中庭など内部空間に、明快で軽快な分節感やリズムを刻んだ開放感や快適性のある空間を生み出した。ヴィニョーラは、「建築の五つのオーダー」を著した。
さらに、人の視点で世界を写実的に捉える科学的技法として、透視図法(遠近法)を発明する。
新しい様式は、教会堂にとどまらず、宮殿、市庁舎、市街地の邸宅や事務所ビルの祖型となるパラッツォ、郊外の別荘であるヴィッラなど、さまざまな用途の世俗的建築にも適用された。
ルネサンス様式は短期間のうちに完成した。すると、それを打破しようと独自性の高い建築手法の開拓が試みられた。教養を備えた貴族階級の間で、古代建築言語の引用や、本来の意味から恣意的に逸脱する知的操作が流行する。完成された様式を打破する手法や作風は、後にマニエリスムと呼ばれた。
天才建築家の誕生
ルネサンス建築は、古典手法を理解し適用するだけでなく、さまざまな技術的社会的課題も解決して、新しい建築を創造することを求めた。もはや技術の伝承と改良に生きた中世の職人では果たせなくなった。そのため、広い教養と見識を持ち、芸術的才能を兼備し、問題解決能力のある技術者を必要とし、建築家という職能が誕生する。
建築家は、ウィトルウィウスの「建築十書」に倣い、古典主義建築の理論を体系化し建築書に残した。単なる経験と慣例に依らず、理性と理論に基づいて創造的に構築しようとした。
この時代は、巨人が求められ、多くの天才が続々と生まれた。
ブルネレスキは、全く新しい構造方法と施工技術で、1461年にフィレンツェ大聖堂の大クーポラを完成させる。単純明快で軽快な作風で、ルネサンス建築の先駆けを担った。
万能の天才であり学究的建築家であったアルベルティは、1452年に「建築論」を著し、古典主義化を推進した。都市邸宅のファサードにオーダーの原理を、教会堂にジャイアント・オーダーを初めて導入した。
ローマ教皇の庇護を受けたブラマンテは、古代ローマ遺跡を直接研究し、より正確な考古学的成果を盛期ルネサンスの「偉大な様式」に昇華させる。1510年、円形平面のテンピエットを、細部から全体に至るまで一貫した比例体系でまとめ完成させた。また、サンピエトロ大聖堂再建計画の主任建築家に指名され、巨大ドームを持つ集中式教会堂を提案した。
画家としても著名なラファエロは、ブラマンテの弟子として後を継ぎ、遺跡調査を通して古典建築の美を再現したが、より装飾性の強い様式の開拓を目指した。
ミケランジェロは、教条化し画一化する建築に、新たに創意の風を吹き込み、マニエリスム建築の旗手として活躍する。また、サンピエトロ大聖堂のドーム案を完成させた。
1570年に「建築四書」を著したパラディオは、ルネサンス様式を大成させる。都市邸宅や郊外のヴィッラにおいて実作を重ね、幾何学分割と端正なプロポーションを信条とするパラディアン・スタイルを確立した。
ヨーロッパ諸国への伝播
イタリア以外のヨーロッパ諸国のルネサンスは、その精神と技術・手法を導入することから始められた。当時まだゴシックが盛んで、理解し受容する時期が1~2世紀遅れたため、導入時には既にマニエリスムやバロックの時代であった。したがって、イタリア以外に真の意味でのルネサンス建築はなく、ルネサンス化であったと言えよう。
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