シュレーダー邸

世界の名建築住宅遺産
シュレーダー邸  出典:ウィキペディア 写真提供者:マッシモ・カタリネッラ

 レンガ造の家が建ち並び中世の佇まいを残すオランダの街ユトレヒト、その一角に世界一小さな世界遺産といわれる住宅、シュレーダー邸があります。

 ピエト・モンドリアンの抽象絵画を三次元化し、デ・スティル派の理念を具現化した建築、あるいは、家具のような家ともいわれますが、その形態上の高い評価の一方で、内部に驚くほど豊かな住空間が広がっています。

 伝統的な様式や決められた空間を作るのではなく、空間の輪郭を線引きする新しい建築の在り方を示しています。機能性と美を調和させたいとする20世紀の建築の理想を実現した、近代建築史に残る珠玉の住宅です。

 第一次大戦後の疲弊した状況の中で、1918年、芸術雑誌『デ・スティル』を活動の中心とするグループは、自然の事物を模写することから脱却し、普遍的な秩序と調和の確立を目指す純粋抽象造形芸術を提唱しました。その代表作品に、モンドリアン「赤・青・黄のコンポジション」が挙げられます。

 一方、家具職人であったヘリット・リートフェルトは、1917年に「赤と青の椅子」を発表します。この有名な椅子は、各部材が独立しながら全体を構成する独創的な造形原理に基づいて造られています。

 シュレーダー夫人の依頼を受けたリートフェルトは、自作の椅子と同じ造形手法を駆使して、モンドリアンの抽象画をそのまま建築にしたかのようなシュレーダー邸を、1924年に完成させました。

 当時鉄筋コンクリート造は高価であったため、鉄骨二階建て、壁は漆喰塗りのレンガ造、床と屋根は木造です。

 外壁においては、単に開口部を持つ壁が一反解体され、水平垂直に直行する三次元の平面が独立して浮遊するかのようにファサードを構成しています。白・黒・グレーの無彩色をベースにしながら、線的要素を三原色で塗り分け、水平と垂直の線を強調して組み合わせたような外観です。

 結果的に、1階と2階、室内と外部を、様々な仕掛けで立体的につなぐ家になっています。

 インテリアデザイナーであった夫人と三人の子供達のために建てられました。内部は、開放的な広がりフレキシビリティを重視した、使い勝手が良く、生活感を充実させる造りになっています。

 通常1階にあった生活スペースを眺望のきく上階に移し、1階には、仕事部屋にもなるスタジオや書斎、キッチン、家事室、2階には、リビング・ダイニング、子供部屋、寝室、浴室が配置されています。

 2階全体は、天井まである扉付きの可動間仕切り壁を移動させることで、三方向にバルコニーを持つ大きなワンルームとして使えます。これは夫人のアイデアだそうです。引き戸は家具や壁の中に収納でき、開閉することで全く異なる空間に変換できるダイナミックな仕掛けです。

 階段の周りにあるガラスの仕切り壁も格納でき、可能な限り広々とした空間を楽しめます。仕切り板を白と黒に塗り分け、内部と外部を統一した空間イメージでつなぎ、グレーの濃淡によって平面的な広がりを演出しています。

 家具や壁、床は彩色され、美しくレイアウトされました。また、リビングのコーナー部には柱がなく、コーナーウインドーの2枚の窓を全開すると、部屋の角が消えて視界が広がり、外の自然の緑との一体感が充満します。

 ハイサイドライトによる中央階段への採光、食事を2階に運ぶためのリフト、重りを使って半自動で軽く開け閉めできる階段踊り場のガラス引き戸、使う時だけ壁から取り出せるテーブル、上下階で通話できる伝声管、3本のネオン管で構成された吊りランプ、などなど、建築、家具、照明、設備に至るすべてが理想に貫かれて融合し、その空間造形や色使いが、生活に溶け込みつつ遊び心に溢れています。

 多くの名建築と同様、建築家とオーナーとの間に良い関係性があってこそ誕生した住宅です。

 デ・スティルの構成原理を具現した数少ない建築と称賛されていますが、夫人は、「一度モンドリアンの絵を掛けてみたが調和しなかった。彼の絵は精神的で抽象的な生命を持ち、感性をもって生きてきたリートフェルトは抽象とは無縁である。」と語っています。

 抽象化といった論理的な思考からではなく、家具職人としての直感と経験の積み重ねのなかで、研ぎ澄まされた手作りの感性によって、新しい時代が建物に求めていた実質的な要求や本質に応えたのです。

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