カルナック神殿

世界の名建築

古代エジプトの王ファラオは、太陽神と一体化し生きた神となった。宗教儀式が重要視されるようになり、太陽神を祭る神殿が築かれる。壮大な広さと高さを誇る神殿は、見るものを威圧する荘厳な趣の中に、永遠性と神秘さを秘めている。

カルナック神殿の巨石の列柱
カルナック神殿の巨石の列柱  出典:Pixabay 写真撮影: Hey_Hey_Sergey

広大なカルナック神殿群

 古代エジプト3000年の歴史の中で最も文明が開化したのは、紀元前15世紀ごろの新王国時代といわれている。

 新王国の首都テーベ(現在のルクソール)は、政治、経済、宗教、巨大神殿群建造の中心地であった。テーベの王がエジプトを統一したため、テーベの地方神であったアメン神は全エジプトの主神となったのだ。そして、王は最高主神とされる太陽神ラーと合体することで、アメン・ラーと讃えられるようになったという。

 アメン・ラーをはじめとするテーベの3主神を祀るカルナック神殿群は、1200年もの歳月をかけ、歴代の王が寄進し増改築を重ねて造られた神殿の複合体になっている。

 ナイル河に繋がる運河の船着場から牡羊の頭を持つスフィンクス参道が延び、その先にパイロンと呼ばれた巨大な塔門が立つ。この大門は、高さ43.5m、幅113mもあり、上方ほど幅が狭まった傾斜した壁を持ち、白地に彩色浮彫で、大きな旗が掲げられたとされる。俗世界から聖域に入るシンボルであり、ファラオの威厳を象徴した。

 また、神殿群は、幅約10mの日乾煉瓦の壁に囲まれた広大な神域を誇った。

 神殿のほかに、神官や召使たちの住居や倉庫、神官が沐浴したとされる聖なる池も含まれていた。巨大な石柱やオベリスク、彫像が林立し、古代エジプト人の輝かしい歴史が象形文字で刻まれた。

羊頭のスフィンクスが並ぶ参道とパイロン  photo by 浜の山ちゃん(free photo:写真AC
カルナック神殿の広大な神域と聖なる池
カルナック神殿の広大な神域と聖なる池  出典:pixabay(photo by Makalu)

アメン大神殿の大列柱室 ―記念性の演出―

 アメン大神殿は、カルナック神殿群の中心的な存在で、すべて巨石を用いて建てられた最大規模の神殿です。列柱を巡らせた中庭、大列柱室、太陽神が乗るとされる聖船の安置室、祝祭殿といった主要な部屋が、軸線上にシンメトリーに並ぶ。また、縦横の軸線上に位置する主要室の出入り口には、全部で6基のパイロンが築かれ、その傍らにオベリスクがそびえ立つ。

 ひと際目を引くのが、ラムセス2世が完成させた大列柱室である。103m×52mの空間に、16列計134本の巨大な石柱が屹立していたのだ。

カルナック神殿のヒエログリフが刻まれた列柱
カルナック神殿 ヒエログリフが刻まれた列柱 出典:ユーラシア旅行社 VOYAGE「世界見聞録」 撮影:松波

 軸線に近い中央部にある2列の開花型パピルス円柱は、高さ約21m、直径3.6m。その上に長さ9.2m、重さ65トンの梁が架けられ、柱身には太陽神神話の絵が描かれていたという。周囲の122本の閉花型(つぼみ形)パピルス円柱は、高さ約14m、直径2.8m。

 石造の屋根を支えるため、柱の直径に対して柱と柱の間隔が非常に狭く、重々しい空気が漂う空間となっている。

 屋根面の高低差を利用した高窓から、広間中央の列柱廊だけが太陽光で照らし出され、左右の空間は幾重にも並ぶ柱の列が暗闇の中に溶けていく。圧倒的な量塊の石柱が林立し、光と闇の綾が無限に広がり、壮重な雰囲気を醸し出していたと想像できます。

ルクソール神殿の円柱列
ルクソール神殿の円柱列 未開花パピルス柱  出典:コトバンク ルクソール@gakukan

コンス神殿 ―神秘性の演出―

 神域内にあるコンス神殿も、パイロン、列柱廊が囲む中庭、円柱が林立する多柱室、聖船室、至聖所からなり、明確な軸線上に、しかも左右対称に整然と配置されています。

 手前から奥に向かうにつれ、床のレベルは段々と高くなり、逆に天井高さは徐々に低くなり、部屋の明るさはだんだんと暗く絞られ、神秘性に惹かれて奥へ奥へと導かれるような、ヒエラルキーを感じさせる空間構成が演出されています。

カルナックのコンス神殿
カルナックのコンス神殿(模式図)  出典:「西洋建築史」吉田鋼市 著

 

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